『  みどりの炎  ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が耳に入った時 ― フランソワーズは反射的に身体を向けていた。

 

     ユキタイ。 ソコニ ユキタイ ・・・!

     ・・・ ユク。 ドウシテモ。

 

心のどこか ・・・ いつもとは違う場所から湧き上がる声が < 耳 > のスイッチを

押させた。

彼女は じっと廊下の隅に佇み、ロビーにいる人達の会話に集中していた。

バレエ・スタジオのロビーには数人の男性が立ち話をしている。

彼らはこのバレエ・スタジオでは普段あまり見かけない風体 ― 所謂同業者ではない。

ラフな服装で緩んだ身体つきにどこか人馴れした様子、マスコミ関係かな、と思わせる。

 

  ・・・ だからね〜 絶対あの底にはナンカいるってさ〜

 

  げげ〜〜 だって人間ってわけじゃないんだろ?

 

  ま〜な〜 未知の動物とか 爬虫類とか〜

 

  爬虫類じゃな〜〜 映像にはなんないぜ

 

  でもよ、これマル秘なんだけど〜 中の崖みたいな土の上にさ・・・

  あったんだと!

 

  ?? なにが?

 

  だ〜から 手の跡 さ・・・!

 

  げげ〜〜〜 マジ〜〜〜?

 

 

ちょうどクラスが終わってダンサー達はてんでに動きだしていたので 都合がよかった。

廊下に一人ぼんやりしているフランソワーズに 気がついた仲間はいない。

 

      ユキタイ!  ドウシテモ・・・!

      ダッテ マッテルカラ。

 

「 え?? 誰が? 誰が待っているの?  」

思わず声を上げてしまい 自分自身、驚いた。 彼女は慌てて周囲を見回したが・・・

誰もこちらに注意を向けてはいない。

「 ・・・  よかった ・・・ あ ・・・ あの人達 ・・・・ 」

 

  それじゃ〜 ど〜もぉ〜〜 ヨロシクです〜

  ど〜も〜 お疲れサンでした〜〜

 

ずっとロビーに居た男たちは 事務所の人たちに愛想よく挨拶をすると

そそくさと出ていってしまった。

「 ・・・ 帰っちゃったのね。 え・・・ ああ TV局関係なのね。 」

彼女は ぷつり、とスイッチを切った。

 

  サ −−−−−− ・・・・  途端に雨の音が ごく普通に聞こえてきた。

 

「 あ〜〜〜 また降ってきたぁ? やんなっちゃう〜〜 」

「 あら みちよさん ・・・ 」

「 や〜だ みちよ でいいってば。 あれ フランソワーズ どしたの? まだ着替えないでさ〜 

朝のレッスンで仲良くなった女性が声をかけてきた。

「 おさき〜〜〜 フランソワーズ〜〜〜 」

「 ばいば〜い また明日ね〜〜 」

同年代の娘達も笑いさざめきつつ、通ってゆく。

この稽古場に通い始め、友達も増えた。 帰りにお茶する仲良しも できた・・・

「 うん ・・・ ちょっと休憩してたの。  更衣室、もう空いた? 」

「 あ〜〜 うん。 シャワーの順番待ちももういないよ。 」

「 あら そう? ありがとう〜〜 じゃ着替えようかな〜〜 」

タオルやらニットをまとめると 床に置いていた大きなバッグを持ち上げた。

「 冷えちゃうよ〜〜  ― あ〜〜 まだ降ってるんだねえ・・ヤだなあ〜〜 」

みちよ、と言っていた女性は窓の外をながめ大きくため息をついた。

「 ええ ほんとうに ・・・ こんな夜は よく聞こえるのよ。 」

「 は?? なにが? 」

「 ・・・え なあに。 」

「 聞こえる とかなに? 」

「 聞こえる?  ・・・ ああ  雨の音のこと よ 」

「 あは な〜んだ ・・・ フランソワーズって ぽえみ〜 なんだね〜〜

 あは カワイイじゃん? 」

「 やあだぁ〜 コドモみたい〜〜 」

「 そんなコトないって。 カワイイ という言葉は君のために存在するのだ・・・ 

 な〜ん ちゃってさ。  しっかしよく降るよねえ〜  

みちよはかなり憂鬱そうな顔を 窓に向けた。

「 そうね ・・・ 日本ではこの時期はいつもこんな風なの? 」

「 え〜〜〜 あ〜 そう言われてみれば梅雨かもねえ 

「 雨季のこと? ふうん ・・・ でも この雨があの声を運んできてくらたのね・・・ 」

「 ??? もしも〜し?? 大丈夫、フランソワーズ?? 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 意味不明なこと、言ってません? 」

「 ? そ そう?? ・・・やだ ちょっとこの雨でメランコリーになってたかも・・・ 」

「 ふ〜〜ん?  あ ホーム・シックなんじゃないのぉ〜 」

「 そうかなあ ・・・ 」

「 ね〜〜 ね〜〜 一緒にお茶でもして帰らない? 」

「 あら いいわね? あまりゆっくりできないけど ・・・ 」

「 いいよ いいよ ちょっとだけ。 骨董通りの裏にね〜 いいカフェあるんだ〜 いこ!」

「 嬉しい〜〜  着替えてくるわね! 」

「 ウン♪ 」

フランソワーズは大きなバッグを持ち上げると 更衣室へと急いだ。

 ・・・ 雨は まだ降り続いている。 

 

 

ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃ  ・・・ 都会の雨はいつもどことなく浮ついている。

降り続く、といっても地上にいつまでも残っているわけでもなく、 アスファルトの上を流れ

側溝に吸い込まれ ― 人々の前から姿を消す。

もう誰も関心を示さない。

ドブに流れ込んだ雨水の行方なんぞに 気を向けている暇人はいないのである。

洪水にでもならない限り 人々はじっくりと雨を眺めたりはしない。

雨もそのことを知っているのかもしれない。

彼らは気まぐれに、そして気ままに天から落ちてきて 無表情のままその姿を消すだけだ。

フランソワーズも 傘さえあれば雨の音に耳を澄ます必要もない日々なのだ。

雨を見て 音を聞いて あれこれ想いを巡らせる ― そんなヒマはなかった。

「 ふうん? なんかいいわね〜 落ち着く・・・ 」

「 でしょ? こ〜れはめっけもんだと思っているんだ〜〜 

「 そうね そうね こっそり来てひっそり美味しいお茶を飲みたいって店ね。」

「 でしょ でしょ〜〜 」

みちよが案内してくれたのは 表通りから二筋、奥に入ったところの店だった。

古い住宅街の中に ぽつん、とカフェがある。

木目調が主体で店の前にも中にも植物が多く配置してあるので ちょっと目には見過して

しまいそうだ。 

「 ね? ちょっとだけ ・・・ お茶してこ? 」

「 あんまり長居は出来ないの 残念〜〜〜  でもちょっとだけ・・・ 」

「 うん うん♪ 

傘をつぼめて 店のドアを押す。  ・・・ ちらちらと冷たい雫が襟足に落ちてきた。

 

    ・・・ まあ まだ降っているのね 細かい雨 ・・・

    やだ 〜 お気に入りの麻のジャケットが濡れちゃうわ〜

 

彼女は肩を竦めてそそくさと店内に入った。   

 

「 〜〜〜 でさ〜〜  ねえ フランソワーズ? 聞こえてる。  」

「 ・・・え ・・・ あ みちよ ・・・ ええ ちゃんと聞こえているわ。

 聞こえているのよ ずっと ・・・ マッテイルカラ ・・・って 」

「 はい?? 」

「 雨の音と一緒に聞こえるのよ。 」

「 え〜〜〜 なんにも聞こえないってか 屋内で音が聞こえるほどの雨じゃないでしょ? 」

「 ・・・え?  ああ そうねえ  ずっと霧みたいな雨ですものね 

「 ほらほら〜〜 熱くてオイシイお茶飲んで! しゃきっとしなよ。

 やっぱさあ〜 疲れてるんでないの フランソワーズ。 」

みちよはさすがに心配顔で友人の顔を覗き込む。

「 え ・・・ そんな こと ・・・ 」

「 ココのペース、まだ慣れないもんねえ。 でもさ ずっとこんなカンジなんだよね。

 毎朝レッスンしてリハがあって本番〜〜ってね。  その繰り返し。 」

「 ごめんね みちよ。 ぼんやりしてないで 頑張るわ わたし。

 せっかく皆と同じ舞台に立てるんだもの。 」

「 そ〜〜そ〜 その笑顔〜〜 あはは フランソワーズがいるとさ〜〜

 なんか皆 いい雰囲気になるんだよね〜〜 」

「 え そ そう? 」

「 ウン。 ちょっと ぽけ〜っと天然っぽいトコがいいんだ〜 」

「 ・・・それ 褒めてるのぉ?? 」

「 あはは ・・・ どっちかなあ〜 ま 皆、気のいい連中だからさ。 」

「 うふふ ・・・ そうよね〜 うん、頑張りマス! 」

「 あ 〜〜 よかった〜 ね ケーキ食べてこ? 」

「 あらぁ ・・・ 3キロ落とすって言ってたの だあれ。 」

「 ・・・ 知ってた? 」

「 知ってた。 」

「 ー 明日から頑張るから。 」

クスっ ・・・ !  娘たちは見つめ合ってこっそり爆笑していた。

 

   ・・・ マッテイルワ ・・・ ココニ イルノヨ ・・・

   キコエル? ネエ ・・・ マッテイルノ ・・・ アア ・・

 

雨音が大きくなってきた。 本降りになり始めたのかもしれない。

 

 

 

 

海岸の崖っぷちにある < 家 > は。 ドアを開ければ暖かく美味しそうな空気が

うわ〜〜〜っと流れて出た。

「 ただいまぁ 〜〜  アラ 良い匂い ・・・ 」

「 おかえり〜〜 フラン!  大人のご飯だよ〜〜〜 」

奥から ジョーの弾んだ声が聞こえてきた。

「 わ♪  いらっしゃ〜〜〜い〜〜 張大人〜〜 きゃ〜〜〜 」

フランソワーズもはしゃいだ声をあげ 慌ててぐっしょり濡れたレイン・コートを脱いだ。

「 いらっしゃいませ♪ 」

「 お帰りアル〜〜〜 フランソワーズ、雨に濡れたやろ〜〜 寒いこと あらへんか?

 さあさ、はよ手、洗うてウガイしてきなはれ。 おナカ ぺこぺこやろ?

 熱々の春巻き、す〜ぐに揚がるデ。 」

キッチンに飛び込めば 短躯の料理人が中華鍋の前で笑っている。

「 うわ〜〜 感激♪ ね ね なにかお手伝いするわ 」

「 ええよ ええよ。 あんさんはにっこり笑うて座っていなはれや〜〜

 〜〜〜 ほ〜〜い ええ色に揚がってきよったワ 」

   ジュワ 〜〜〜〜 ・・・!  陽気な音がキッチンに満ち始めた。

「 きゃ〜〜 おいしそう〜〜〜 」

「 フラン〜〜 つまみ喰いはダメだよ〜〜 

食堂で皿を並べていたジョーが笑っている。

「 あら! つまみ喰いなんてしてませんってば!  あ そうだわ ワイン出すわね! 」

「 ホッホ〜〜 そらええなあ〜〜 そんなら 辛口の白、ありまっか。 」

「 あります あります。 今 出してくるわね。 ジョー、グラスも出しておいてね〜 」

「 たのんまっせ〜〜〜   ほい、上がりや〜〜 」

紹興酒の乾杯で 賑やかな晩御飯が始まった。

「 うわ〜〜〜  ウマ〜〜 ♪ 」

「 ほ〜〜〜 うむ うむ・・・さすがに大人の味は深いのう・・・

 ジョーのインスタント料理とは 別世界じゃな。 」

「 あ〜〜 博士ってば いつも美味いなあ〜って全部食べるクセに〜〜 

「 おや ジョーはんが料理当番なんか? 」

「 そうなのよ わたし、今 リハーサルが続いてて このところいっつも帰るのが遅いの。

 だから 晩御飯はジョーが作ってくれているの。 」

はい、ワイン。 と彼女は深いモーゼル色のビンをジョーに渡した。

「 ジョー、 コルクを抜いてね。 」

「 はいはい 承りました〜〜 」

ジョーは笑って  ひょい、と手でコルクを造作なく引き抜いた。

「 ほっほ〜〜〜 ジョーはん、あんさん ええ旦那さんになるで〜〜 」

「 え・・・・ だ だんなさん ・・・・ 」

「 そやそや。 今日日(きょうび)料理男子 は モテモテや♪ 

「 あらあ〜 それじゃ大人は引く手数多ってことね? 」

「 当たり前やろ? ワテの料理、一回食べれば誰でん忘れられへんようになる。 」

「 はっはっは・・・ なるほどなア 大人。 いやしかし本当に美味しいなあ・・・

 こう〜〜 なんというかな、寿命がじわ〜〜っと伸びる気分じゃ 」

「 あいや〜〜〜 ギルモア先生、うれしコト言うてくれはりまんなあ〜〜♪♪

 ほんならフカヒレ、大サービスや〜〜〜 」

「 あ わああ〜〜 ぼくもさ! ものすごくものすごくオイシイと思ってます! 」

黙々と箸を動かしていたジョーが 慌てて口をはさんだ。

「 ジョーはん。  あんさん、そらち〜とロコツやで? 

 ほんなら最後は すうぃ〜つ や。  桃饅に杏仁豆腐 やで〜〜 」

「 うわ〜〜お♪ 」

 ・・・ 夕食に 張大人が差し入れクッキング に来てくれていた。

最高級の味は勿論のこと話題昂騰、その日の夕食はいつにも増して賑やかな食卓となった。

もう誰も憂鬱な天気のコトなどすっかり忘れ果てていた。

 

 

     ふ〜〜〜 ・・・    ふぁ〜〜〜 

 

満足の吐息が ギルモア邸のリビングに満ちている。 外の雨ももうだれも気にしていない。

リビングの空気にはコーヒーの香が混じりあっていた。

「 あは ・・・ あ〜〜〜 シアワセ ・・・ 」

「 今晩だけは 脳ミソには胃に隷属してもらうことにするわい。 」

「 ほっほ〜〜 お鍋がみ〜〜んな空や〜〜  料理人にとってな、

 こ〜んなん嬉しこと、そうそうあらへんで〜〜 

「 うふふ ・・・ こんな晩っていいわねえ・・ ああ雨のことなんかすっかり

 忘れてしまったわ。 」

梅雨時だというのに 雨のせいかじくじくと冷える夜だった。

ギルモア邸では 目を楽しむために暖炉に火を入れた。

パチパチと音をたてて 薪が燃え上がる。 香ばしい匂いになぜかほっとする。

誰もが 口をつぐんでのんびりと火を眺めていた。

「 いいなあ ・・・ ぼく こういう炎 見るのすごく好きなんだ 

「 あら 初耳ね?  ホントね、燃える火は ・・・ 心を温めてくれるわ。 

「 おお フランソワーズ、良いコトを言うのう ・・・ 火は 癒しじゃなあ 

 ああ 心が温まると よく眠れるのじゃが ・・・ 」

「 あ 博士 毛布をだしておきますからお休みの時にお持ちになってくださいね。 」

「 おお ありがとうよ。 美味い晩飯に暖かな毛布で今夜は極楽じゃ 」

 

     ・・・ 炎 ・・・ アア デモコレハ チガウ ・・・

     橙色ノ炎ジャナイ ・・・ 大切ナ炎ハ ― ミドリ。

 

「 ・・・フラン? なに。 」

「 ・・・ え? 」

ジョーがつんつん・・・と彼女の腕を突いた。

「 なにか言ってただろ? 炎がどうの・・・って。 これじゃ燃えすぎかなあ? 」

「 ・・・ 炎 ? 」

「 ウン。 なんか言ってただろ、炎じゃない とかなんとか 」

「 え  そ そう?  」

「 気になる? もう少し抑えようか。 」

ジョーは暖炉に近づき 薪を引こうとした。

「 ぁ・・・! そのままにしてくださる? 空気が乾いて気持ちがいいわ。」

「 そうかい?  それじゃ ・・・ 」

彼は小さな枝を一本、ぽい、とくべると元のソファに戻った。

 

   カチャ カチャ カチャ ・・・  大人がワゴンを押してきた。

 

また別のよい香の空気が ふわ〜〜んと流れてくる。

「 あらあ〜〜 好い匂い♪ 」

「 ほっほ〜〜〜 皆はん、 コーヒーのお代わり、た〜んとありまっせ〜〜 」

「 ありがとう 大人。 大人が淹れるとコーヒーもいつもより美味しくなるわ。 」

「 嬉しこと、言うてくれはるなあ〜 フランソワーズはん♪ 

「 お店でもコーヒー、出すの? 」

「 個室の予約のお客はんにはお出ししてるで。 」

「 ほうほう ・・・ 相変わらず店は繁盛しているらしいのう 」

「 ほっほ ・・ お蔭さんで、博士。 」

大人はにんまりすると 深くアタマをさげた。

「 そうかそうか。 それはよかったなあ ・・・ 」

「 う〜〜ん ・・・ それにしてもちょっとばかり刺激も欲しいなあ〜って

 思うんですよね〜〜 ぼくってば。 パワースポットめぐりでもやろうかなあ 」

ジョーも珍しく口数が多い。 ふわ〜んと軽い空気とワインに少し酔っているのかもしれない。

「 ぱわ〜 すぽっと てなんやねん? 

「 それはね〜〜 」

大人の怪訝な顔に ジョーが勢い込んで説明を始めた。

「 ・・・ ふふふ  あんなに熱心に・・・珍しいわ。ジョーってば填まっているのねえ 」

「 らしいの。 そういえばついこの間 ジョーが< 場のエネルギー > について

 やたらと質問してきおったよ。 」

「 まあ 〜〜 ・・・ で そのパワー・スポットとやらの効果はあったのかしらね? 」

香たかいコーヒーを楽しみつつ、 フランソワーズは博士とこそっと笑った。

 

    ・・・ えねるぎー ・・・ ココニ アル。

    ココニ イルノ  マッテイルノ・・・

 

    ・・・ ズット ズット ・・・ マッテイルノ

 

すう・・・っとフランソワ―ズは瞳を細め 揺れる炎を見つめた。

 

    大丈夫。 ・・・ 行くわ。 必ず ・・・!

    待っていてね もうすぐ ・・・

 

「 ふぉ〜〜〜 ・・・ 温いな〜〜 ええ気持ちや〜〜〜 」

「 お腹もいっぱいだからね  あ〜〜〜 眠くなりそう〜〜 」

ジョーもにこにこ・・・ コーヒーを楽しんでいる。

 

    ―  イマ ・・・!   

 

どこかの誰かが耳もとで囁いた ・・・ と思った。

フランソワーズはさり気なくカップを置くと ことさらのんびりした口調で話はじめた。

「 ところでねえ ちょっと面白い話をきいたの。 」

「 おもしろい?? 」

「 ええ そうなの。 ウチのスタジオに来たどこかのTV局のヒトが話しているのを

 聞いたんだけど〜 ・・・ あ 聞こえちゃったのよ? 立ち聞きとかじゃありませんからね。

 ほら ・・・ この前 特番 ってやってたでしょう? 」

「 この前???  ・・・ ああ 南米の巨大な穴・探検のはなし? 」

「 ぴんぽん♪  あの探検でね〜 ホントは謎の発見 してるんですって。」

「 ひょえ〜〜 謎のはっけん??? 」

「 そうなんですって。 あの穴にね、途中の崖のそれも柔らかい土のところにね

 スタッフ以外の人間の手形がはっきり残っていたのですって。 

「 げげ ・・・ そうなんだ?? 」

「 ええ。 偶然聞いただけだから 詳しいことはわかんないけど・・・

 どうもね〜 時間切れでそれ以上は踏み込めなかったらしいわ。 」

「 ほう? それは ・・・ すごい発見だなあ。 」

「 ですよねえ 」

「 それが本当ならば、だけどね。 」

「 あら。 ガセだって言いたいの? 」

「 いや そういうワケじゃないけど ・・・でも本当ならあの場で公開すればいいだろ? 」

「 タイム・リミットだったそうよ。 やっぱり生身の人間には限界よねえ・・・

 どんなに装備していっても非力なのよね。 」

「 ?  フランソワーズ ・・・? 」

ジョーが怪訝な顔そ向けた。

生身の人間 という言葉はおよそ彼女が使うモノではない。 口調もいつもと違っている。

「 なにか ・・・ あったのかい。 」

「 え?  なにが。 」

「 きみ が さ。 」

「 わたしが? 」

「 ああ。 フラン、そういう謎の探検モノって興味あったっけ? 」

「 ・・・ 別に ・・・ ただなんとなく偶然聞いちゃったから・・・ 

 ちょっと面白いなって思っただけよ。 」

「 ふうん ・・・? 」

「 ほんなら その中にナンかおるのんかネ? 」

納得していないジョーの前に 大人がずい、と身を伸ばしてきた。

「 さあ ・・・ それはわからないわ。 」

「 ほ〜〜〜い ほんならワテらで調べるアル! ワテらなら調査でけるで。

 軍資金は任せてちょ〜だい! 」

「「 えええ ?? 」」

あれよ あれよという間に < 南米探検旅行プラン > が 出来上がってしまった。

 

    待ってて!  もうすぐ・・・ もうすぐ  よ!

 

びっくりに目をぱちぱちしつつも フランソワーズは胸が高鳴ってくるのを感じていた。

誰かが もう一人の彼女が、彼女の中で歓喜の声を上げている。

「 じゃあさっそくジェットとジェロニモに連絡するわね。

 この前のインカ行きに合流できなくて散々文句言ってたから。」

「 そうだね〜 地理的にも途中で二人を拾って行けばいいし ・・・

 今回はヨーロッパ組は ちょっと無理かな。 」

「 そうねえ 残念だけど ・・・ そんな不確定な計画は真っ平だ! って

 きっとアルベルトは怒るでしょうしね。 」

「 あは ・・・ そうだよね。 」

「 ほな決まりやな。 お〜〜〜っと フランソワーズはん。 あんさんは留守番やで。」

「 え〜〜 どうして??? 」

「 舞台、あるんやろ。 ちゃ〜〜んと仕事、せなあかん。 」

「 え〜〜〜 そんなぁ〜〜  いいわ どうせコールドだから・・・降りる。 」

「 だめだよ フラン。  きみの仕事だろ? 」

「 でも 〜〜〜  」

「 待ってるから。 きみの舞台が終わってから出発しよう。

 < 穴の底の謎 > は 逃げやしないよ。  そうだろ? 

「 ほっほ〜〜 ジョーはん、ええこと言わはるなあ〜 そんなら待ちまひょ。

 そやからフランソワーズはん、きっちりええ踊り、するんやで。 

「 ありがとう〜〜〜 大人、 ジョー〜〜  がんばります! 」

「 よかったのう フランソワーズ ・・・ お前が偶然聞いたハナシだから きちんと

 公演をすませてから心置きなく出発するといい。 」

博士も彼女を後押ししてくれた。

「 はい ありがとうございます! 大人の美味しいご飯で元気充電完了よ。 」

「 そらよかったアル。 夜食に胡麻煎餅 置いてゆくよってな。 」

「 きゃあ〜〜 嬉しい♪ 」

「 おいおい フラン? そんなに食べると大人みたくなっちゃうよ? 」

「 ・・・ うう〜〜  明日からダイエットしま〜〜す! 」

あはは ・・・ うふふ ・・・ なんだよ〜〜 ・・・ 

外は雨、でもギルモア邸のリビングは明るい笑い声で温かい夜を迎えたのだった。 

   

    よかったわ。  待っていて! 必ず・・・ 行くから。

 

フランソワーズは心の中で語り掛ける。  

 

           ―  誰に?

 

・・・ わからない、なにも。 でもどうしてもそうしなければならなかった。

 

    偶然聞いた のではない。 

    実はこっそり < 耳 > を使っていた・・・

 

    漏れ聞いた言葉の端が気になって気になって仕方なかったからだ。 

    ― 理由は  わからない。

 

    ただ どうしても ― 行きたい! 行かなくちゃ!  

 

     ・・・・ その念でいっぱいだった。

 

 

 

 ― 一か月後。 彼らは南米のジャングルの奥、焚火を囲んで野営の準備をしていた。

 

「 へ・・・ すっげ〜〜ジャングルだぜ〜〜 

のっぽの赤毛は肩を竦め 大きなリュックを足元に下ろした。

「 密林の奥地だからね。 ぼくらはまあ〜 なんとか来たけど ・・・

 一般の人がここにたどり着くだけでも大変だよ。 」

「 そんなら これからアレの底まで降りるか! 」

「 いや もう夜だから ・・・ 今夜はここでビバークしよう。

「 そやそや。 急ぐコト あらへんで 」

「 ふん ・・・ ま〜な〜 腹も減ったしよ〜 

「 それじゃ ジェット、夜に備えて薪を多めに集めてきてくれ。 」

「 オーライ、ついでに少々探査してくるぜ 」

のっぽの赤毛は 口笛を吹きつつ飛び出していった。 

間もなくジェット・エンジンの轟音が 密林の夜空に響きわたった。

「 あ〜あ・・・ 探査ってアレじゃ・・・ なんもかんも逃げちゃうよ ・・・ 」

「 ほっほ  ええやん、ここはまだ穴の中とは違うよって。

 ああ フランソワーズはん、その荷物、開けてもろうてええか? 

大人はどこでもいつもマイ・ペース、悠々と声をかけた。

「 ・・・・・・・ 」

フランソワ―ズは少し離れた位置で じっと広がるジャングルをみていた。

「 ??? フラン 〜〜 ?  」

「 ・・・・・・ 」

ジョーが呼んでも 彼女は振り向かない。

「 ヘンだな ・・・ フラン? どうした 気分でも悪いのかな。 

 空港で 少し頭痛がするって言ってけど ・・・ 」

「 ほんまでっか? そら アカンなあ。 ≪  フランソワーズはん? 

「 ・・・ え?! 」

いきなり脳波通信で呼ばれて 彼女はようやくこちらを振り向いた。

「 ほっほ〜〜 えろうすんまへんなあ〜 そやけど あんさん ・・・

 ジョーはんが呼んではったんやで ? 」

「 え ・・・ まあ ごめんなさい。 ちょっと気になることがあって ・・・ 」

「 フラン!  頭痛はどう? 少しは収まった? 」

「 え・・・ ああ ジョー。  ええ ・・・ もう平気よ、心配しないでね。 」

「 本当に? 」

「 ええ。 < 慣れた > みたいなの。 」

「 慣れって・・? 」

「 あ・・・ ううん ・・・ なんでもないわ。 」

なんでもない ― わけはなかった。 

むしろ彼女はとんでもないコトの中に飛び込んできた、と全身で感じていた。

 

 空港でこの国に降りた時 ―  思わず耳を抑えてしまった。

 

   ・・・!  な なに ・・・!???

   お願い! 一度に大声で怒鳴らないで〜〜〜

 

   ・・・ おねがい ・・・

 

四方八方から < 声 > が 怒濤のごとく押し寄せたのだ。

なにを言っているのか まるでわからない。 耳元で怒鳴られているのと同じだった。

 

   ― ダメだわ ・・・これでは通常の行動もできない・・・

   

きゅっと唇を噛むと 彼女は自分自身で聴覚のスイッチを完全オフにした。

< 声 > は 無言の圧力となり彼女に纏わりついていたが ・・・ 奥地のジャングルを

抜けた時に ふ・・・っと止んだ。

  ・・・ そして。

細い細い声が 途切れることなく聞こえ始めた。

 

   マッテイタワ  マッテイタワ  マッテイタワ ・・・

 

「 やっぱり疲れているんだよ、フラン。 公演終わって翌日に発つなんて無茶だよ。」

ジョーが彼女の肩に手を置き、すっと荷物の上に座らせた。

「 やっぱりきみは留守番していた方が 」

「 だめよッ そんなの! 」

「 ・・・ フラン? 」

「 どないしてん? 

「 むう? 」

突然金切声をあげた彼女に 仲間達全員が視線を向けた。

「 あ ・・・ ご ごめんなさい ・・・ あの あの・・・ 

 わたしの都合で皆を待たせてしまったでしょ、だから・・・出来るだけ早く出発したいな

 って思ってて・・・ 」

「 フランソワーズ。 ほんとうに? 」

「 ええ。 ほら もう元気よ? ジェットの報告を待つ間に食事の用意しましょう。 」

「 そら ええなあ。 ワテもちょいと小枝でん取ってくるワ 」

「 ああら〜〜 張大人〜〜 シェフはキッチンの用意をどうぞ?

 そんな雑用はわたしが行ってきます。 」

彼女は殊更元気そうに 荷物の上から飛び降りた。

「 フラン。 ここから見える範囲だけ だよ。 いいね。 

ジョーがひどく冷静な声でクギを刺した。

「 わかってます! ほんのちょっとよ、ほら・・・あそこにもここにも枝がある ・・・  ・・・!! 」

「 気をつけて!  ・・・ フラン?? 」

彼女は数歩進んで ― 立ち尽くしていた。

「 なんだ どうしたんだい。  イヤな虫でもいたいのかな。 」

「 ・・・ あそこ ・・・ 」

笑って近づいてきたジョーに 彼女は絞りだすみたいに言った。

「 え?  なんだい フラン 」

「 あそこ。  あそこに ・・・! 」

「 あそこ? 」

彼女は黙って数メートル先の草むらを指している。 夜目にも白い指先が震えているのがはっきりと見えた。

「 ・・・ あそこで 死んだの。 もうちょっとだったのに ・・・ 」

「 ?? なに?? なにが死んだのかい? 」

「 ずっとココにいたわ。  ・・・ 雨が風が太陽がワタシの肉体を消し去っても・・・ 」

「 そこになにかあるのか? 」

ジョーが草地を踏み分けてきた。

「 ・・・・・ 」

「 ? どこだい? ぼくにはなにもみつけられないんだけど。 」

「 ・・・ ううん もういいの。  ごめんなさい ジョー。 さあ戻りましょう。 」

「 え ・・・ いいけど?  フラン 本当に大丈夫かい? 」

「 イヤねぇ 大丈夫よ! さあ〜〜 明日からの探検に備えてしっかり眠っておきましょ。

 あ その前に大人のご飯よね〜 楽しみだわ〜〜  さ 行きましょ! 」

たった今までとうってかわって饒舌になり フランソワーズはひらひらと焚火の方に

行ってしまった。

「 ??? なんなんだ??  オンナノコって ・・・ ほっんと不思議! 

 お〜〜い!  薪!  少し拾ってゆこうよ〜〜 

「 ジョー おねがい〜〜 」

「 ズルいぞぉ〜〜〜 ・・・ やれやれ ・・・ 」

小枝を拾い集める彼の姿が見える。 そしてそのすこし向こうには ―

 

     見える わ ・・・ ほのかな緑の炎 ・・・

   

     ああ ここで亡くなったのね ・・・

     ― さあ 一緒に帰りましょう ・・・ ね ?

 

フランソワーズは焚火に小枝をくべつつ 満天の星空を見上げていた。

 

 

 ・・・ 来て。  白い手が首に絡みつく。

「 ・・・ う ?  ふ フラン?? 」

ふと圧迫感で目が覚めれば 真上に彼女がいた。

「 ど ど どうしたんだ?  テント ・・・? 」

「 し ・・・ ねえ  来て? 

「 ・・・ え ・・・ !? 

一人づつの簡易テントを焚火の周囲に並べ 休んだはずだった。

しかし 今 ― 彼の想い人は彼の上に いる。

「 来て。 ・・・ さむい の ・・・ 」

魅惑の唇が囁き 彼の唇を塞ぐ。

「 いいのかい? 」

「 ・・・・ 」

返事の代わりに しなやかな肢体が彼の身体に絡んできた。

  ガサ・・・  ギュ ・・・  

狭いテントの中は たちまち熱気が充満するのだった。

 

 

 

Last updated : 10,21,2014.                   index       /      next

 

 

 

*********   途中ですが

原作・あのオハナシ の ちょいと変換バージョンです〜

で ・・・ 続きます。 結末は ・・・ さて???